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No.38

古賀史健『さみしい夜のページをめくれ』を読んだ
古賀史健『さみしい夜のページをめくれ』を読んだ

ぼくだってぼくを選びなおすことは、できるはずだ

見つけたら買おうと思っていた本。散歩の途中で立ち寄った書店で見つけて購入した。

『さみしい夜にはペンを持て』お気に入りの本の一つだ。2冊目ということで、どうだろうかと思ったけれど、そんなこと思う必要はなかった。1冊目と同じくらい、いやそれ以上に好きな1冊かもしれない。スルスルと本の中に入り込み、読み終わった時、深く潜水していた海の中から浮上した気分になった。そっか、やっぱりそれで良かったんだと勇気づけられた。

もう一つ、中学高校時代の私がそこにいた。あの頃の私がこの本を読むことができたならば、何を思っただろうか。

「そうだ。自分から読みに行って、書かれた文字を頼りに、自分の頭のなかで世界をつくり上げていく。だれの助けも借りず、たったひとりでね。それが読書のおもしろいところであり、むずかしいところだ。本を渡すことはできるけれど、読書を渡すことはできない。(p171)

「学びってのは、学ぶ側が『選ぶもの』なんだよ。だからさっき言ってたイカリってお兄ちゃんの態度はまったく正しい。だれに学ぶか、なにを学ぶか。それを選ぶのは、アンタたちなんだよ」(p293)

「学問なんて、覚えると同時に忘れてしまってもいいものなんだ。けれども、全部忘れてしまっても、その勉強の訓練の底に一つかみの砂金が残っているものだ。これだ。これが貴いのだ。勉強しなければいかん、そうして、その学問を、生活に無理に直接に役立てようとあせってはいかん。ゆったりと、真にカルチベートされた人間になれ!これだけだ、俺の言いたいのは」『正義と微笑』太宰治(新潮文庫『パンドラの函』収録)

2025/5/4「古賀史健『さみしい夜のページをめくれ』を読んだ」しずかなインターネットより

日記,エッセイ

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