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青と白の日々

日々のこと

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『星旅少年』を読んで泣いた
『星旅少年』を読んで泣いた

坂月さかなさんの『星旅少年』というSFファンタジー漫画がある。前から知っていて読みたいと思っていたもので、立ち寄った本屋さんで見つけて3巻まで購入した。

表紙の青色がとてもきれいで、絵も素敵なのだ。

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昨日はその漫画を一気に読んだ。1巻目はくすっと笑いながら楽しく読んで、2巻目を読み始める前にほうじ茶を淹れた。ほうじ茶を飲みながらゆっくり読んでいたのだけど、どんどん話に引き込まれて2巻目の最後の話で気づいたら泣いていた。そのまま泣きながら3巻目まで一気に読み終わった。

私は本を読みながら時々泣く。泣きながら読むので、一人でないと読めない。なんで泣くのかというのは自分でも理解できているわけではないから言語化しづらい。ある登場人物に対して、共感してというか、その傍らに立ってというのがいいのか、自分の心が入り込んでというのがいいのか、泣く。どうしようもない寂しさとか悲しみとか後悔とか或いは温かさとか、そういうもので泣いている。これまでの自分の経験とどこかで混ざり合っているのかもしれない。

きっとこの本は私の大事な本になる。

2024/4/8「『星旅少年』を読んで泣いた」しずかなインターネットより

日記,エッセイ

ガラスペンとインク沼
ガラスペンとインク沼

ガラスペンを購入した。

Youtubeで「クリームソーダと手帳のある暮らし」さんの動画を見てから、気になっていた。購入したのはガラスペンとインクがいくつか入ったもの。

YouTube:クリームソーダと手帳のある暮らし

夜、ワクワクしながら箱を開けて、早速書いてみた。インクは「月夜」という群青色のような色。

EdiTのノートに書いてみる。『枕草子』より「春はあけぼの」

カリカリという音がする。力の込め方が難しい。ペン先が折れないかドキドキしながら、書き進める。インクは一度つけると思っていたよりも長く書ける。普段はボールペンで書いているけど、ガラスペンだと一つ一つの文字をゆっくりと丁寧に書ける。墨で文字を書くのもこういう気持ちだったのかしら。

書き終わって眺めてみるとなかなか味のあるページになっていた。ボールペンよりも太くはっきりとした文字。ゆっくりと書いたからか普段よりも丸みを帯びている。

楽しい。そして、他のインクが欲しくなる。いくつか気に入ったインクを買って、使い分けたくなる。「月夜」もいいけれど、もう少し黒の入った青色のインクを試したい。或いはもう少し明るい青色も。そしてそれらのインクの壺を並べるのだ。想像しただけでワクワクする。

私は青色が好きだから。青色のインクを集めてコレクションにしてみたい。

ちなみにガラスペンは使い終わった後のメンテナンスも簡単だ。水を入れたコップにペン先を入れるだけ。きれいになったらティッシュペーパーで拭いて終わり。これなら私でもできそう。万年筆も気になっているけれど、まずはガラスペンで正解だったみたい。あとはつけペンというのも気になっている。

楽しいなあ。良いものを買って満足。

2024/4/7「ガラスペンとインク沼」しずかなインターネットより

日記,エッセイ

心が動かされるものたちを使う
心が動かされるものたちを使う

バッグや財布から机に器まで、何か物を買う時は心が動かされたものを買うことにしている。

新しいカバンや財布、器は特にそうだ。惹かれたもの、目に留まって、目を離すことができないもの、心を動かすもの、見ていてワクワクするもの。それが見つかった時に買う。

今日は新しいカバンが見つかった。もう数年もの間、新しいカバンが欲しいと思い続けていた。他のものを買いに行ったついでに、たまたま立ち寄ったお店。いつものように端から一つ一つ見ていく。カバンもあれば財布もある。一つのカバンの前で立ち止まった。そのカバンはほかのどの商品よりも際立って見えて、私にとっては別格だった。手に取って、色を見て、中を見せてもらって、少し考えて買うことにした。いや、考えはしたけれど、そのかばんを見た時から買うのであればこれだと確信していた。色も形も質感も手触りもどれも素晴らしくて、大きさも求めていたサイズで気になるところもない。今から使うのが楽しみで仕方ない。

他の人が日常で使うものにどれくらいこだわりを持って吟味しているかはよく分からないけれど、自分は結構こだわりが強い方ではないかと思う。

色や手触り、質感といったものを大事にしている。使うものは気に入ったものばかりで、緊急でない限り妥協をして買うということはしない。違和感を感じるものは買わないことで、一つ一つのものを長く使えるから。

気に入ったカバンを見つけて今日は幸せだ。その気持ちをここに残しておく。

2024/3/30「心が動かされるものたちを使う」しずかなインターネットより

日記,エッセイ

佐竹美保さんの絵が好き
佐竹美保さんの絵が好き

子どものころから佐竹美保さんの絵が好きでたまらない。
図書室や本屋で表紙に惹かれて手に取った本は、佐竹さんの絵であることが多かった。

子どものころ、学校の図書室で本を手に取るとき、タイトルや表紙が読むかどうかの最初の手がかりだったと思う。
とはいいつつ、当時はほとんどの本を中を開いて読んだ気もするけれど。

少し成長したある時、私の好きな本は佐竹さんが表紙や挿絵を描いていることがとても多いことに気づいた。

・シェーラ姫のぼうけん
・新・シェーラ姫のぼうけん
・魔女の宅急便
・リンの谷のローワン
・守り人シリーズ(『虚空の旅人』『蒼路の旅人』『炎路を行く者』『風と行く者』)
・サラシナ
・西の善き魔女
・空色勾玉ほか
・ドーム郡シリーズ

この他にも調べてみたら、最後まで読んだかどうかはっきりとは覚えていないけれど確かに図書室で見たことがある本がたくさんあった。

もちろんこれらの本は絵だけではなく、物語自体も大好きだ。図書室で借りるだけでは満足できなくて、お金を貯めて買ったシリーズも多い。

今日も本屋で佐竹さんが表紙を描いた本を見かけた。自然と目に留まるのが面白くて、この思いを残しておく。

2024/3/20「佐竹美保さんの絵が好き」しずかなインターネットより

エッセイ

こんな日もある
こんな日もある

お昼ご飯に雑炊を作って食べようと思い立った。
思い立つぐらいだから雑炊は結構好きだ。

野菜を切って、鍋に火をかけて、卵を溶いて、最後に冷凍のご飯を入れようというところで躓いた。ご飯がない。
冷凍ご飯を切らしていたのをすっかり忘れていた。作り始める前に確認すればよいのに、あると思っているからそんな確認はしない。
雑炊を作るのにご飯がなければ汁物になってしまう。さすがにお腹がすくので、お米を研いでご飯を炊き始める。

冷凍ご飯を切らしているのを忘れて最後に気づくというのはこれが初めてではない。何度もやっているから慣れたものだ。ないなら炊くしかない。あるべきものがないことに気がついて1分後、今回も冷静にお米を研ぎ始めた。

こんな日もある。

2024/3/9「こんな日もある」しずかなインターネットより

日記,エッセイ

味玉とキャロットラペと金柑と
味玉とキャロットラペと金柑と

常備菜を作ったのでその記録を残しておく。

・味玉
・キャロットラペ
・金柑シロップ

味玉はゆで卵を作る前に卵に穴をあける道具を最近ようやく買ったから試しに作ってみた。大好きなので、味玉を作ると朝起きるのが楽しみになる。
ちなみに買った道具を使うとゆで卵をむくのが下手な私でも、ほとんど卵を傷つけずにむくことができた。まったく道具というのは素晴らしい。なんで今まで買わなかったんだろうと思うほどだ。

キャロットラペは最近の定番で、簡単に作れておしゃれで美味しくてお気に入り。

金柑シロップはこの前食べてとても美味しかったから、自分でも作ってみたもの。
金柑を半分に切って種を取り除いて、更に小さく切ってはちみつと和えたら出来上がり。これも簡単。作った後も金柑の良い香りが部屋の中を漂っている。

常備菜作りの良いところは、作ることに集中できることだ。

穏やかな音楽をBGMに、一つ一つ丁寧に作っていく。

普段のご飯を作るときとは違って、時間を気にせずにのんびりと作れるし、翌日以降の自分の助けにもなって、満足感も得られる。

この嬉しい気持ちをここに残しておく。

2024/2/25「常備菜作り」しずかなインターネットより
移行にあたって改題

日記,エッセイ

月と流星群の話
月と流星群の話

昔、たぶん一度だけ望遠鏡で月を見たことがある。

ワクワクしながらのぞいたら、クレーターがはっきり見えた気がする。
もうずいぶんと前なので、記憶もあやふやになってきているかもしれない。
いつも空で太陽に照らされて光って見える月に、確かに地面があって、クレーターもあった。

昔、アポロ11号が月に行ったらしい。1969年7月21日、ニール・アームストロングが人類で初めて月に降り立ったという。
生まれるずっと前だ。

その月を望遠鏡で見て、見えたことに確かに喜びを覚えた。
同時に月も物質なんだなと思った。望遠鏡でのぞいた月はやっぱりどこか無機質で、頭ではきっと分かっていたのだろうけれど、まだ子供の自分はそこに落胆を覚えた。

落胆を覚えたことに後ろめたさも感じたからか、望遠鏡をのぞいたのはそれきりだ。
だからといって、月が好きじゃないわけじゃない。むしろ、地上から眺める月は昼も夜も美しい。大きな満月に心を動かされるし、昼間の白い月もまた良いものだ。

宇宙に関心がないわけでもない。天文台に憧れている。

これもまた昔のことだけど、しぶんぎ座流星群を見ようと思い立った。
お正月が明けたころに極大を迎える流星群で、思い立ったその日がきっと見るのによい日だったのだと思う。家の外に椅子を持ち出して、コートを着て震えながら空を眺めた。

確かに流れ星を見た。
月も流星群もどちらも好奇心が自分を動かした。見たかったし、知りたかった。

今年は久しぶりに流星群を見てみようか。

2024/2/21「月と流星群の話」しずかなインターネットより

エッセイ

余白のような時間
余白のような時間

ぼーっとする時間が欲しい。

例えば今だってやるべきことを終えた自由な時間だけど、こうやって文章を綴っている。
何もしないでいるって結構難しい。

コーヒーを飲みながらこの先のことについてぼんやりと考えるような、そんな時間が欲しいのに、いざ時間ができるとあれもこれもしなくてはと忙しなく考えてしまう。そして時に考えるだけで疲れてしまう。

そう、忙しないのだ。日々何かに急き立てられて、心を亡くしてはいないか。

いつからだろう。道草を食わなくなったのは。

いつからだろう。効率を追い求めるようになったのは。

余白のような時間を取り戻したい。それは決して余分ではなく大事な時間だったのだから。

2024/2/19「余白のような時間」しずかなインターネットより

エッセイ

小さな挑戦
小さな挑戦

日々、小さな挑戦をしながら生きていきたい。

小さくていい。例えば、簡単に作れる作り置きを作ってみるとか、お灸に挑戦してみるとか。アロマオイルを使ってみるとか。
継続することを前提にした挑戦ではなくて、ちょっとした変化を生活の中に取り入れてみる。

一歩だけ踏み出せばできるような小さなものでいい。

その挑戦の積み重ねが変化を柔らかく受け入れる心につながる気がするから。

2024/2/13「小さな挑戦」しずかなインターネットより

エッセイ

不器用の効用
不器用の効用

不器用の効用なんて書くと、そんなことあるのだろうかと思ってしまうだろう。

昔から不器用で、多くの人がひょいひょいと当然のようにできることがなかなかできない。
昔であれば、スキップとか靴ひもを結ぶとか、粉薬ではなくて錠剤を飲むとか、そういう小さなこと。
一つ一つのステップを上がるたびに躓く。

あまりにも些細ことでよく躓くから、そのうち慣れてしまった。
要するに何事も、必ずしも最初から上手くいくものではない。
たとえ周りが難なくこなせていても、周りと比較することはやめた。
自分は人よりもゆっくりと上達するのだ。
それが分かっていると、できなくても変に焦らない。
何せ最初はできないものだから。

これは不器用の効用ではないだろうか。
できないことも多いけれど、意外とそのうちできるようになる。
スキップも靴紐も錠剤も。跳び箱も逆上がりも自転車も。
最初はどうしようというくらいできなかったのに、ひたすら練習を続けていると最後にはできるようになる。

そのうちできるよ、それくらいのおおらかさは身についたかもしれない。

2024/2/9「不器用の効用」しずかなインターネットより

エッセイ

自由に話せる関係性
自由に話せる関係性

お互いの考えていることについて、考えをぶつけながら、聞きながら、楽しく話せる時間や人が好きだ。

テーマはどちらも関心があることなら何でもよい。
意見が違っていたり、似ているけど根本が違っていたり、そんなこともある。

意外と意見が完全に一致するときよりも、違うときや、視点が異なるときの方が、話が面白くなる。
自分の考えを押し付けたいというわけではなくて、それぞれの考えていることを出し合って、そこから気づいたことをまた話して、いやでもそれは、という風に話が続く時間。結構好きだ。
時には少し意地悪な投げかけをしてみたり、されたり、それについて考えて、また話す。
このちょっとしたスリルを感じながら話すのが面白い。

シーソーゲームのようなところもある。
意見をぶつけ合って、時に共感して、時に別の視点を投げかけて、両者に話を続けようという意思がないと続かない時間。会話を通した新たな発見や視点の獲得を楽しむ時間。

この自由に話せる関係性を大事にしていきたい。

2024/1/27「自由に話せる関係性」しずかなインターネットより

エッセイ

好きな色
好きな色

青色が好きだ。

「好きな色は?」と聞かれたら、迷わず「青色」と答える。

身の回りの小物は青色がベースのものが多い。
鮮やかなブルーもいいけれど、少し暗い青色も好きだ。
青は海と空の色だし、落ち着く色のなのがいい。

でも、昔は青色が一番ではなかった。

物心ついた後、初めは黄色が好きだった。
当時使っていた絵具の色に「レモン色」と「山吹色」があった。
レモン色は透き通っていてきれいだし、「山吹色」は少し渋くてそれも良かった。優しい色が好きだったのだと思う。
「山吹色」はだいぶ後になるまで「やまぶ・黄色」だと思っていた。「やまぶ」って何だろう?とずっと疑問だった。

その時代もよく考えれば「青色」も好きな色ではあった。例えば、「セルリアン・ブルー」。よく使っていたと思う。
その後、一時期は緑や黄緑色が好きだった。黄色から少し青色に近づいた。いや、黄色と青を混ぜた色だ。
黄緑色の傘を持っていて、雨が降っていないときはずっと引きずって歩いていたから、傘の先端のプラスチックが斜めに削れたのを覚えている。
緑が一番だったのはごく短い期間で、その後すぐに青色に移った。

それ以降、ずっと青色が一番だ。
青色があると落ち着く。青色というだけで興味が湧く。色んな青を見たい。

そういえば昔、ある授業で一人一作品作って、タイトルももちろんつけて、互いの作品を鑑賞することがあった。
当日突然言われて、制限時間内に作るというものだったから、各々が自分の持っているものを使って作品を作り上げた。

私はというと、その時持っていたものがほとんど青色というのに驚き、そのままそれを作品にした。
自覚はあったけど、本当に青色が好きなんだなと実感した体験だ。

私の好きな色の変遷はこんな感じだ。
人の好きな色の移り変わりも聞いてみたいな。いろんなエピソードがありそうだ。

2024/1/25「好きな色」しずかなインターネットより

エッセイ

誠実であること
誠実であること

人とやりとりをするとき、誠実であることを意識している。

話すことは得意とは言えないけれど、
仕事上、人と話す機会がそれなりにある。
普段の生活でも、例えば友人と話すときや、
道を聞かれるとかそういう小さなことでも、
誠実であることが私にとって一番大切なことだ。

話をよく聞くこと。遮らないこと。
相手と向き合うこと。
自分の発言に責任を持つこと。

・・・

最も大切にしているのは、「相手と向き合うこと」だろう。
ざっくりとしていて、少し分かりにくいかもしれない。

相手の立場とこちらの立場、場所、内容など、場面は様々だ。
それでもこの一言に集約される。

私にとって誠実であることとは、相手と向き合うことだ。

人と人との関係だから、合わなかったり、失敗したりということもある。
でも、向き合うことから逃げるのは最後の手段かなとも思っている。
もちろん逃げるべき時は逃げる。
人に対して誠実であることは、そうあることで自分に対して誠実であることにも通じる気がする。

だから、失敗したり、傷つくこともあるけれど、苦手なりに足掻いている。

2024/1/20「誠実であること」しずかなインターネットより

エッセイ

天文台へのあこがれ
天文台へのあこがれ

天文台で星を見てみたい。

「天文台」という言葉の響きが好きだ。
その言葉に惹かれているといってもよいかもしれない。

「天文台」という1つの言葉から、たくさんの物語が生まれる。
小路幸也さんの『そこへ届くのは僕たちの声』という本がある。
その小説には、天文台が出てくる。
私の天文台へのあこがれは、たぶんこの本から来ている。

「アポロって知ってるかい?」
「知ってる。初めて月へ行ったんでしょ?」
・・・
「テレビの中継を観ていたんだ。人間が初めて月に降り立つ瞬間をね。もうクラス中その話題で持ち切りだった」

登場人物の一人であるかほりとその叔父の会話だ。
「アポロって知ってるかい?」この言葉はいつも胸にグッとくる。

宇宙どころか、自分たち人間の体にだってわからないことは多すぎる。
不安なものは多すぎる。それでも人間は宇宙へ出ていく。

「父さんは人間という動物のいいところは、わからないことを知りたいと思うところだって言ってた。それが人間の文明とか文化根源だって」

わからないことを知りたいと思う気持ち。それが私たちを、少なくとも私を動かしている。
「知りたい」と願うから、行動する。

この「しずかなインターネット」を始めたのだって、「知りたい」からだ。
これがどんなものなのか、これに書くことで私はどう感じるのか、何を考えるのか。

知りたいから、行動している。

天文台にあこがれる気持ちは、分からないものを知りたいという気持ちの表れなのだと思う。

遠い遠い先にある星をみること、そこに何があるかは分からないけれど、それを少しでも知りたいから、感じたいから、空を見上げるのだろう。

(出典)
小路幸也『そこへ届くのは僕たちの声』(新潮社、2011年)
ISBN:9784101277424

2023/12/27「天文台へのあこがれ」しずかなインターネットより

エッセイ

器選び
器選び

器を見るのが好きだ。
○○焼とか作家さんの名前のプレートが置いてあるところとか。

そういった場所を見つけると、器を1つ1つ見ていく。
自分の感覚で好ましいものがあれば、その中からどれが一番好きかを考える。

考える、というよりも感覚だ。
たくさんある器の中から、1つだけ。
最も好きなものを決める。

器は好きだけど、もちろん毎回買えるわけではない。
家のスペースにも限りがあるし、気に入ったものは使いたいから。
たくさん買うわけにはいかない。

もちろんどれもピンとこないときもある。
そういう時も、「この中で一番だとどれだろう」というのを考える。
他の器よりも際立って目を引くものがあるときもあるし、今回は少し違うかなという時もある。
それでも、今日はこれが一番というのを決める。

そうすると、何だろう。
自分の好きなものが少しはっきりしてくる感覚。
そして、自分のその感覚が磨かれる気がする。

もうずいぶんと前になるけれど、道の駅で花器を見つけた。
普段は道の駅で花器を見ることなんてなかったけど、どうしてだろう。
その時は何となく目をやって、一目でこれだと思った。
いくつか花器があったと思うけれど、そのうちの一つだけが輝いて見えた。
その感覚が忘れられない。

あの感覚にもう一度出会うために、私は器を見ているのかもしれない。

2023/12/26「器選び」しずかなインターネットより

エッセイ

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