settings

青と白の日々

日々のこと

  • ハッシュタグは見つかりませんでした。(または、まだ集計されていません。)

2026年3月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

本屋さんをはしごした日
本屋さんをはしごした日

少し前の天気の良い日。ある街に本を買いに出かけた。

その街には比較的大きな書店といくつかの小さな本屋がある。その日の目的地は大きな書店と一つの小さな本屋さんだった。

久しぶりに入った書店は、何だろう、少し雰囲気が変わっていた。前に訪れた時も面白い本がたくさんあるなと思ったけれど、今回は前よりも更に面白かった。いつか読みたいと思っていた本を見つけたり、もっと大きな書店に行かないとないかなと思っていた本が棚に並んでいたり。棚を歩いていて、エネルギーをもらえるような、そんな場所に感じた。
そう言えばそこで働いている人が、何かのラジオにゲストとして出演しているのを、少し前に聴いたんだった。こんなに面白い経験をしている人がそこで働いているんだと驚いたのを思い出した。
この後別の本屋さんに行くというのに、大きな本も含めて数冊の本を買った。
本は見つけた時に買うのが鉄則だからね。

続いて、その書店から少し歩いたところにある小さな個人経営の本屋に立ち寄る。
うっかり見落としそうなくらい小さな入り口から静かに中に入る。
その日は、主の方は大変忙しそうだったけれど、出直すにも少々距離があるのでそのまま見て回る。その地域を毎日のように回っているのであろう宅配の方と、集荷の話をしていたのが興味深かった。
「○○と△△あたりをまわるので、その後○時頃にまた来ますね」と言った感じで、その地域でお店を営んでいる人と、その物流を支えている会社の人との、人と人とのつながりを知った。
ここでもピンときた本があって、数冊の本を購入した。
帰り際、店主の方に「気を付けて帰ってね」と声を掛けられた。何気ない声掛けだけれど、なんだか嬉しかった。

重くなったマイバッグを肩に下げて、ゆっくりゆっくりと帰宅。今度からリュックを背負って来てもいいかもしれない。
重かった心が少しだけ明るくなった、そんな日だった。

日記,エッセイ

2026年2月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

同窓会
同窓会
鍵はこのサイトの名前:

日記,エッセイ

朝靄
朝靄

早朝に電車に乗った日。

雲の隙間から太陽が見え隠れしている。

ぼんやりと外を眺めると、窓の外の町並みはゆったりと朝靄に包まれていた。町はきっと、ちょうど目が覚めてきた頃。

普段は見ることのない景色を眺めて過ごす。私の街も、あんな風に朝靄に包まれているのだろうか。

昔、冬の朝に時々深い霧に包まれたことを思い出す。ある時は霧の中からバスがやって来て、またある時は霧の中、母に車で送ってもらった。その非日常に心を躍らせたのを覚えている。

今はもうきっと、あの場所も滅多に、あれほど深い霧に包まれることはないだろう。

あの景色が、今はただ懐かしい。

2025/11/15「朝靄」しずかなインターネットより

日記,エッセイ

移動の日
移動の日

移動の日。列車に揺られながらぼんやりと外を眺めていた。

乗り物に酔いやすいので、列車に乗ったらすることがない。何もせず、ただ外の景色を眺めていたら、頭がすっきりとしてきて、重かった心もほんの少し軽くなった。

夕方から夜へと移り変わる空は大層美しくて、生きていてよかったと思った。そして夜になった。列車から見た夜の世界は思っていたよりもずっと暗くて、恐ろしかった。となりのトトロを思い出した。あの映画の夜の場面も怖かった。でもきっとそれが私の生きる世界の本当の姿なのだ。

駅に着いた。見慣れた街の駅はたくさんの照明に照らされて、夜の闇も霞んでいた。どこか安心感を感じながら、家路につく。

夜の闇は恐ろしくて、そこに放り出されたら今はきっと動けなくなるだろうけれど、同時にその闇を懐かしく思う私がいる。夜の林に家族と入って、カブトムシを探した子どもの頃。線香花火を見つめた夜。夏祭りの広場だって、そこを出ると暗闇と生暖かい風そして虫の声とがあった。あの林の闇は今もそこにある。

時は前後して、今日は本屋を訪れた。個人で経営されている本屋さん。

扉を開けるとそこには世界が広がっていた。中は思ったよりも広くて、様々な形の棚に、様々なジャンルの本が並べられていた。「ああ、ここは好きだ」入ってすぐにそう思った。近くにあったなら足繁く通ったと思う。

イメージとしては『スキマワラシ』かな。

私は本が好きだ。本屋さんに行くのも好きだし、図書館を見て回るのも好き。

今日訪れた本屋さんは新しい本も古い本も様々に並べてあった。古い本というのも好きなのだ。その時代にその本を書いた人、出版に携わった人、お店に並べた人、それを読んだ人。そして今ここにある本。確かにその本が生まれた時代があって、新しい本として読まれた時代があって、その時代に生きた人がいる。その足跡を垣間見ているようで、本の、或いはその時代の、そして人の息遣いを感じるようで。時代を経て今ここに私の目の前にあるということが嬉しくなる。

私もそうやって手渡していく人になりたい。

2025/9/21「移動の日」しずかなインターネットより

日記,エッセイ

花を買う
花を買う

久しぶりに何も予定がない週末を過ごす。

朝から本屋へ。今日は本を買おうと決めていたから気合を入れて歩き回る。6冊の本を抱えて、7冊目の本を手に取ったところで、ふっと我に返る。結局6冊買った。せっかく街に出たから美味しいコーヒー豆も手に入れた。明日から大事に飲もう。

午後からもまたふらっと外に出かけた。インスタで偶々見つけたイベントを覗いてみる。そこからカフェに行き、アイスコーヒーとショートケーキを頼む。いつもは人でいっぱいのカフェだけど、今日は良い感じに空いていたのでゆったりと過ごすことができた。

それから花屋に立ち寄る。立ち寄るなんてさらっと書いたけれど、勇気をかき集めてと言った方が近いかもしれない。

花瓶と花を買うのだ。勇気をかき集めて恐る恐る扉を開く。花瓶も持っていない私が入って果たして大丈夫だろうか?

家に花を飾るというのにずっと憧れている。花を飾るには花瓶が必要だ。でも花瓶を買うのって難しい。どんな大きさがいいのか、色は?質感は?デザインは好きか?あれこれ考えてはいつも買えないでいた。でもそれも今日で終わりだ。最近心がけていることとして「悩んだらやる」というのがある。考えたり調べたりするのが好きだから、いつまでも本丸の周りをグルグルとまわることができる。それも好きだけど、限りある人生で悩んでいるだけなのはもったいないなとようやく思うようになったのだ。やってみて分かることもあるということで、今日は花瓶を買う。

店内に入ると小さな花束がいくつも並べられている。どれも素敵。花も欲しいけれど、今日はまず花瓶を確保しなくては。小さな店内を見回すと花瓶がいくつか並べられていた。また勇気をかき集めてお店の人に花を飾りたくて花瓶も探していることを伝えてみたら、飾りやすいおすすめの花瓶をいくつか教えてくれた。「ああ、これで花瓶が買える」心に湧き上がってきたのは安堵だった。おすすめされた花瓶の中から一番ピンと来たものを選ぶ。次は花束だ。青にオレンジに黄色にピンク。迷ったけれどピンクの花束にした。店員さんにお礼を言って店を後にする。

家に帰って早速花を飾ってみる。

何だろう。この安心感は。無機物ばかりの家の中に花がそっとあるだけで、心が落ち着く。そしてこれで、いつでも花が買えるようになった。

なんだか自分がレベルアップした気がする。

2025/9/13「花を買う」しずかなインターネットより

日記,エッセイ

オムレツ
オムレツ

どうしても食べたくなって久しぶりに作った。
毎日自炊をしているのに、ほとんど作ったことがなかった。
玉ねぎを透き通るまで炒めて、ひき肉を加えてさらに炒めて、別の器に移して、卵を溶いて、具を戻して混ぜて、フライパンでさっと作るだけ。
味付けは塩と胡椒を少し、トマトソースの代わりにオリーブオイルをかける。驚くほど簡単で、美味しい。オムレツの形にはならなかったけれど、そんなことは気にならない。

こういうのでいいなと思った。凝った料理を作るのは私にはハードルが高い。
代わりにこういうシンプルな料理をもう少し身につけたい。
明日も食べられると思うと、それだけで明日が楽しみになる。小さな楽しみをこうやって愛していく。

2025/7/29「オムレツ」しずかなインターネットより

日記,エッセイ

単焦点レンズ
単焦点レンズ

人のカメラを2日間使わせてもらう機会があった。「はい、これで撮ってね」と渡されて、丸々2日、そのカメラは私の手元にあった。ズームができないなと思ったら、単焦点レンズで、その味わい深いフレームがしみじみと良かった。せっかくだからとあれこれ撮っておく。持ち主よ、見返して驚くが良い。いたずら心も交えながらそのカメラとの2日間を楽しんだ。

それからそのカメラを何度も思い返している。作っていたメーカーがなくなったとかで、今ではもう入手ができないらしい。以前、一緒に調べたから確かだ。

その昔、私もカメラを持っていた。正確には今も実家にある。もう何年も使っていないカメラ。もう一度持ち歩いたなら、私はどんな写真を撮るだろう。

次の誕生日にはカメラを買おうか。もう何年も自分への誕生日プレゼントを買っていない気がする。数年分の誕生日プレゼントとして、一台のカメラを買うのも良いかもしれない。その時は単焦点レンズも欲しいな。

2025/7/22「単焦点レンズ」しずかなインターネットより

エッセイ

京都・奈良旅行記
京都・奈良旅行記
鍵はこのサイトの名前:

日記,エッセイ

古賀史健『さみしい夜のページをめくれ』を読んだ
古賀史健『さみしい夜のページをめくれ』を読んだ

ぼくだってぼくを選びなおすことは、できるはずだ

見つけたら買おうと思っていた本。散歩の途中で立ち寄った書店で見つけて購入した。

『さみしい夜にはペンを持て』お気に入りの本の一つだ。2冊目ということで、どうだろうかと思ったけれど、そんなこと思う必要はなかった。1冊目と同じくらい、いやそれ以上に好きな1冊かもしれない。スルスルと本の中に入り込み、読み終わった時、深く潜水していた海の中から浮上した気分になった。そっか、やっぱりそれで良かったんだと勇気づけられた。

もう一つ、中学高校時代の私がそこにいた。あの頃の私がこの本を読むことができたならば、何を思っただろうか。

「そうだ。自分から読みに行って、書かれた文字を頼りに、自分の頭のなかで世界をつくり上げていく。だれの助けも借りず、たったひとりでね。それが読書のおもしろいところであり、むずかしいところだ。本を渡すことはできるけれど、読書を渡すことはできない。(p171)

「学びってのは、学ぶ側が『選ぶもの』なんだよ。だからさっき言ってたイカリってお兄ちゃんの態度はまったく正しい。だれに学ぶか、なにを学ぶか。それを選ぶのは、アンタたちなんだよ」(p293)

「学問なんて、覚えると同時に忘れてしまってもいいものなんだ。けれども、全部忘れてしまっても、その勉強の訓練の底に一つかみの砂金が残っているものだ。これだ。これが貴いのだ。勉強しなければいかん、そうして、その学問を、生活に無理に直接に役立てようとあせってはいかん。ゆったりと、真にカルチベートされた人間になれ!これだけだ、俺の言いたいのは」『正義と微笑』太宰治(新潮文庫『パンドラの函』収録)

2025/5/4「古賀史健『さみしい夜のページをめくれ』を読んだ」しずかなインターネットより

日記,エッセイ

20年後もこうやって話せるといい
20年後もこうやって話せるといい
鍵はこのサイトの名前:

日記,エッセイ

響かせることについて
響かせることについて

本を読むということは本を自分のなかで響かせることでもある。響くこと、響かせること。これが楽しくて、面白くて、興味深くて、私は本を手に取る。

声もそうではないかと思った。例えば歌。聞いていて、閉じているなと感じる声もあれば、外へ外へと響く声もある。声に意志を乗せるイメージ。相手を意識しているかどうか、伝えたいものがあるかどうか。そしてそれを声に乗せることができているか。

閉じている歌は寂しい。まるで目隠しをしたまま歌っているかのよう。響かせている歌は意思がある。感情がある。

何かを伝える声だってそう。淡々と話す声と不器用でも伝えようとする声。伝わってくる熱意の違いはすぐに分かる。

伝え手の思いは声に宿るのではないか。

2025/4/5「響かせることについて」しずかなインターネットより

エッセイ

散歩と桜
散歩と桜

身体を動かしたくて久しぶりに遠くまで散歩に行くことにした。途中で本屋に寄ってゆっくりと棚を眺める。私の散歩は急がない。散歩の途中、しかも行きだというのに本を4冊買った。そのまま散歩の続きへ。中間地点のお店に立ち寄って折り返す。今度は桜をのんびりと眺めながら帰る。いつもと違って咲き初めの桜花。まだつぼみでこれから咲く木もある。咲き始めの桜は真ん中が薄紅色。つぼみはもっと紅い。

桜と言えば、茨木のり子さんの「さくら」の一節を思い出す。

さくらふぶきの下を ふらふらと歩けば
一瞬
名僧のごとくにわかるのです
死こそ常態
生はいとしき蜃気楼と


初めてこの詩を知った時、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。

「死こそ常態 生はいとしき蜃気楼と」

毎年見る桜。生きてきた年数だけ私は桜を見てきたはずだ。あと何回見れるだろうか。もちろんまだまだたくさん見るつもりだけど、その一つ一つを大事にしたい。

帰宅途中に友人からお花見散歩に誘われた。もちろん行く。人と一緒に見る桜も楽しみだ。

2025/3/29「散歩と桜」しずかなインターネットより

日記,エッセイ

春を感じた日
春を感じた日

朝、家を出て「春が来た」と呟いた。

空気が明らかに違う。春の匂い、春の空気、春の風、春の陽射し。紛れもなく春だった。

空気の端っこには4月1日の雰囲気が漂っていた。新社会人がもうすぐ最初の一歩を踏み出す。もう社会に出て何年も経つのに、この時期は私も緊張する。何をすればよいのか、どう振る舞えばよいのか、何一つ分からなかったあの頃をまだ鮮明に思い出せる。あの頃の私に声をかけられるとしたら、そんなに緊張しなくていいんだよと伝えたい。

この春の柔らかい空気が好きなのだ。それはふわふわとしていて、霞のようで、一瞬で消えていく。そして心にふわりと幸せな気持ちを残してくれる。

さあ、今年の春を楽しもう。

2025/3/24「春を感じた日」しずかなインターネットより

日記,エッセイ

フルーチェの思い出
フルーチェの思い出

料理は得意ではない。基本的には毎日自炊をしていて、何かしら自分で作って食べているけれど、レパートリーは非常に少ない。凝ったものは年に数回しか作らない。そろそろちゃんと作れるようにならないとと思いつつ、寝る時間から逆算すると仕事から帰宅した後にゆっくりと夕食を作るのは難しい。書くこととしっかりとした夕食作りとを天秤にかけると、今のところ書くことに傾いているから。

小学生の頃、兄弟とフルーチェを作ってみた。牛乳を入れて混ぜるだけというとっても手軽なおやつ。それまでは週末に母に作ってもらっていて、その時初めて自分たちだけで作ろうとした。牛乳が確か200cc。この「cc」が当時の私たちには分からなかった。mlではなくてcc?計量カップだとどの線のところ?あれこれ話ながらえいやっと注いだ牛乳はどのくらいだったのか。出来上がったフルーチェはいつもと違う味がした。恐らく牛乳を入れすぎたのだろう。フルーチェってもっと美味しいものだった気がすると話しながら食べたのがフルーチェにまつわる思い出。以来、私は料理に苦手意識を持っている。

野菜嫌いとかそういうわけではないけれど、好き嫌いは多い。粉ものとかイカとかタコとか、小麦粉とか、牛肉とかetc。チーズは好きだけど、消化が苦手な気がするし、卵も何となく合わなくなってきて最近は食べていない。こんな感じで苦手なものを挙げていったら、それじゃあ普段何食べてるの?と聞かれたことがある。お米?と答えた。ご飯とみそ汁と納豆と。それがあれば私は十分。栄養という面では足りていないけどね。だからこそ、栄養をしっかりと摂取するという意味で、料理をもう少しだけ頑張ってみたい。

2025/3/16「フルーチェの思い出」しずかなインターネットより

エッセイ

4本目の万年筆
4本目の万年筆

どうしてもそのお店で万年筆を買いたくて、4本目の万年筆を購入した。

昨年の4月にインクを買ったお店。PILOTの「深海」とお店の方におすすめされた「山栗」を買って、「深海」は3本目の万年筆に入れて使っている。「山栗」だけまだ使えていなかったから、同じお店で万年筆を買って「山栗」を使おうと思ったのだ。

ご夫婦で営んでいるお店で、昨年訪れた時は女性の方が色々と教えてくれた。お店を主で切り盛りしているのは女性のようだったから、今回もそうかなと思っていたら、その日のお店の当番は旦那さんだった。

万年筆の初心者で今日はここで万年筆を買いたくて来たことを説明すると、すぐにおすすめの万年筆とその万年筆のどこが良いのかを教えてくださった。1年ぶりに訪れたお店はやっぱり素敵で、ご夫婦の「好き」で溢れていた。「最近お店のことでも新しいことを始めて、そこから色々と学んでいるんです」というお話を聞きながら、私も自分の「好き」とそれを感じる感性を大事にしていきたいと思った。

これでそのお店で出会ったインクと万年筆を一緒に使うことができる。ご夫婦のそれぞれからおすすめされたものを一緒に使うことになって、そしてその物語は自分しか知らないというのが面白い。と思いながらここに書いてみる。

手元には4本の万年筆。書き心地も色もインクも異なる万年筆。どれを使って書こうかと一瞬考える時間も愛おしい。4本あっても書く手段はたくさんあるから2日に1回は使う。眠らせておくのはもったいないし、楽しむために買ったのだからどんどん使うんだ。

お気に入りの万年筆で書くことを楽しむ時間を日常に持つこと。今の私のお守りだと思う。

2025/3/2「4本目の万年筆」しずかなインターネットより

日記,エッセイ

2本目の万年筆
2本目の万年筆

昨年の年末に万年筆を初めて買った。

1本目の万年筆はPILOTのLIGHTIVE。色は限定色のクレイ。インクは色彩雫の竹炭のカートリッジ。ロルバーンのノートに書いている毎朝のジャーナリングと夜のトラベラーズノートで使っている。スルスルと書けるのが気に入っている。竹炭の色も良い感じ。

実は1本目の万年筆を買う時は、最初はコンバーターを買おうと思っていた。でもそのお店ではちょうどPILOTのコンバーターが品切れで、代わりにカートリッジを買ったのだ。カートリッジは入れ替えも楽で良いのだけれど、どうしてもコンバーターを使ってみたくて、2本目の万年筆を買うことに決めた。

2本目は違うメーカーの万年筆にしようと思って探していると、SAILORの万年筆を見つけた。

SAILORの「プロフィットジュニア+10ゆらめく」だ。これは万年筆とコンバーター、インクがセットになっているもので、コンバーターを使ってみたかった自分にはちょうど良いものだった。

選んだのは青に近い色の万年筆。インクは「凍空(いてぞら)」。帰宅後、早速コンバーターを使ってみる。インクが上に上がってくるのを見るのが楽しい。「凍空」は青緑に近い色かな。竹炭に慣れていたからかもしれないけれど、少し薄い気がする。書き味はさりさりとしていて、書いているぞという感じ。ライティブがぬらぬら?としていてするする書けるのに対して、プロフィットジュニアはしっかりと書くための万年筆という印象を持った。

どのノートと相性が良いかを知りたくて、持っているノートを使って試し書きをしてみた。ロルバーンのノートは紙に色がついているからこのインクで書くとあまり目立たない気がする。MDノートに書くと、ライティブ(中字)よりも細くて小さな字が書けた。インクの発色もロルバーンよりも良さそう。トラベラーズノートにも書いてみる。こちらも良い感じ。色が少し薄い気がするけれど、独特な色味が面白い。最後にEDiTのデイリーノート。日記を書いてみる。ライティブだと少し書きづらいと感じていたけれど、プロフィットジュニアだと気持ちよく書ける。インクの色も紙と合っている。日記はこの万年筆で書いても良いかもしれない。

1本目の万年筆を購入してから2か月足らずで、2本目の万年筆を購入した。既に3本目も欲しいなと思っていたりする。というのも、PILOTの色彩雫の「深海」と「山栗」のインクボトルを持っているのだ。この2つのインクも万年筆で使ってみたい。複数の万年筆があれば、インクの入れ替えをすることなく、色を組み合わせて使える。そんなこともやってみたいなあ。

2025/2/11「2本目の万年筆」しずかなインターネットより

日記,エッセイ

読書について
読書について

しばらく前に人からおすすめの本を教えてと頼まれた。人に本を薦めるのって難しい。どうしようかなと思ったら、その人は今までに読んだことがある作家さんとを何人か挙げてくれて、読書はほとんどしないこと、だからこそすすめられた本を読んでみたいことを教えてくれた。こういう風に言ってもらえると、少しだけ紹介しやすい。

読んだことがあるという作家さんの本を紹介したら、すぐに読み始めたという。その行動力を見習いたい。本をあまり読まないと聞いたのに、1冊で完結する本ではなくて、うっかり上中下に分かれた本を薦めてしまった。とても読みやすい本だと思うけれど、そこは少しだけ反省。上を読み終わったそうで、感想を教えてくれた。嬉しい。

自分はどうかと言えば、最近は週替わりで関心のある分野が変わっている。西洋美術に興味を持ったかと思えば、翌週は哲学、続いて、短歌、今週は習慣について。興味がどんどん移り変わる。少しずつ齧りながら深めていく感じ。たぶん熱しやすく冷めやすいのだろうけど、完全に冷めたわけではなくて、ふとした時にまた熱くなる。熟成中と言えば伝わるだろうか。ある程度、吸収したら一度寝かせて思い出すのを待つのだ。だから同時並行で複数の分野の本を読んでいたりもする。ベースにある関心はこれらとは別にあったりするし、読書そのものへの熱も波のように揺れ動く。今は読書熱の期間。来週は分からない。

そんな感じで生きている。

2025/1/14「読書について」しずかなインターネットより

エッセイ

万年筆を使い始める
万年筆を使い始める

自分への贈り物として、万年筆を買った。

ガラスペンまで持っているのに何をいまさらと言われるかもしれないけれど、万年筆を買ったらインク沼から引き返せなくなると思っていて、買うのをためらっていた。

気になるけど、買わない。でも気になる…。今年はずっとそんな感じで過ごして、最後の最後に買うことにした。

友人に「休みの日に何をしてる?」と聞かれて、「最近は文房具に夢中。インクとかスタンプとか…」と話していたら、「万年筆は?」と尋ねられた。「万年筆は、まだ手が出せないかな…」と言ったものの、自分の発したその言葉で買う決心をした。

まだ何て言ってたら、いつまでたっても多分買わない。いつだったら買っても良いというのだ。だから、買ってみる。使ってみる。

万年筆は扱いが難しそうだけど、気軽に始められる万年筆だって売っているのだ。まずはそれから始めればよい。そう思って、買ってみた。

手始めに日記を万年筆で書いてみることにする。楽しい。ボールペンとは全く異なる書き心地。ガラスペンよりも楽に書ける。

ほら、使ってみればこんなに楽しい。

ついに万年筆まで手が届いた。たった1年でここまで来るなんて。

同時にやっとという思いもある。人よりものんびりとしていて、周りがどんどん先を走っていくのを見ながら、一つずつ階段を上って成長してきた。大人になってからもそう。周りはもうずっと先へ行ってしまったけれど、私は今、ようやく自分で、自分と周りの環境をコントロールできるようになった嬉しさを噛みしめている。

もっと自由に生きてよかったのだと。好きなものは好きだと言って良かったのだと。万年筆はその一歩でもある。

2024/12/26「万年筆を使い始める」しずかなインターネットより

日記,エッセイ

読書は移動中が捗る
読書は移動中が捗る

出かけるときは移動の電車の中で本を読むことにしている。

今はちょうど夢中になって読んでいる本があって、座れなくても立ったまま読んでいる。どうかすると家で座って読んでいるよりも集中して読めるのだ。

読める時間がはっきりと定まっているからだろうか。目的地に到着したら、読書は終了。次の目的に頭を切り替えて動き出す。

電車の中で本を読んでいる人はあまりいないよなあと思っていたら、昨日は同じ車両に単行本を読んでいる人がいた。仲間を見つけてなんだか嬉しくなる。

そういえば小学生の頃、読書に夢中になりすぎて一度下校時に歩きながら本を読んでみたことがある。今思えば、なんて危ないことをやってみたんだと思うけど、当時は歩きながら本が読めれば一石二鳥だ!と思ったのだ。二宮金次郎だって本を読んでいるのだから、できるはずだと。

挑戦してみて、これは思ったよりも難しいと思って一度でやめた。未来の自分からすると、一度でやめてくれて良かったと心から思う。それでも信号待ちの数分で本を読もうとしたり、当時の自分の読書への情熱はなかなか凄まじかった。

今も読書は大好きだし、時間を見つけて、時間がなくても読もうとするけれど、当時の私と比べると読書への体力が少し落ちた気がする。

それでも移動中の読書は捗るし、毎日本をバッグに忍ばせている。

読書への情熱はこの先もずっと持っていられると嬉しい。

2024/12/6「読書は移動中が捗る」しずかなインターネットより

エッセイ

幼馴染の結婚式
幼馴染の結婚式

鍵はこのサイトの名前:

日記

水たまりの向こう側
水たまりの向こう側

小さなころから雨上がりの水たまりに映った景色を見るのが好きだ。それは空だったり、木々だったり、建物だったり。

向こう側は静かで穏やかで美しくて、だいたいはその美しさに感嘆しながらゆっくりと通り過ぎるのだけど、疲れた時、ふと向こう側に行ってみたいと思うことがある。

水たまりの向こう側に惹かれる一番の理由は、その静けさだろうか。日々何かに急かされて、ざわざわとした音に流されていく。でも水たまりの向こう側に行けたなら、そこはきっと静けさに満ちた穏やかな世界だ。

そこにそっと足を踏み入れたい。時々、そう思ってしまうのだ。

2024/10/24「水たまりの向こう側」しずかなインターネットより

エッセイ

のんびりと歩くからこそ見える景色
のんびりと歩くからこそ見える景色

暑いとか寒いとか毎日思っていたら、気づくともう10月も下旬になっていた。

光陰矢の如し
あっという間に月日は過ぎていく。

まだ大人になったばかりだと思っていたのに、もうそうは言えない年齢になってきた。子供の頃の自分からすると、立派な大人だ。歳を重ねると分別がつくのだと思っていたけれど、いざなってみて、自然とつくものではないことがわかった。心は多分ずっと子どものままで、でも少しずつ成長している。

多分私は人よりも成長がゆっくりなのだろう。のんびりしているのだ。周りの人がもう見えなくなるくらい先を歩いたり、走ったりしているのに対して、私は道端の花を眺めたり、あちらこちら興味の赴くまま歩いている。

追いつこうと無理をするのは随分と前にやめた。

のんびりと歩くからこそ見える景色もあれば、だからこそ見えない景色もあるだろう。でも、それで良いと思う。

2024/10/22「10月も下旬」しずかなインターネットより
移行にあたって改題

エッセイ

好きなものを好きだと認めたい
好きなものを好きだと認めたい

『推し短歌入門』という本で著者の榊原紘さんがご自身の推しをずらっと挙げていた。(「推し」という言葉を意識して使うのはたぶん人生で初めてだ。)

(Loading...)...

榊原さんの歌集は私のお気に入りで、第一歌集の『悪友』と第二歌集の『koro』を持っている。時々歌集を買うのだけれど、今のところ一番好きなのが『悪友』なのだ。

話を戻して、推しの話。榊原さんの推しを見て、こんなに推しがいてもいいんだと思った。もしかしたら当たり前なのかもしれない。でも、私はこれまで生きてきて漫画やアニメの好きなキャラクターについて、「好きだ」と言うのに心のどこかでためらいがあった。別に世の中の多くの人に私の推しを知ってもらいたいというわけではない。ただ自分でも自分が何かを好きだ、推しだと思うことにどこかに照れくささとためらいがある気がする。本当に好きなのか?推しなのか?具体的にどこが良いのか?と考えてしまうのだ。別にそのすべてが好きでなくても、受け入れなくてもいいのに。ちょっと面倒くさいかもしれない。

好きなものを好きだと認められたら、楽しいだろうなと思う。インスタグラムで繋がっている友人の一人に、推しのキャラクターのグッズを集めたり、イベントに参加したり、行動して楽しんでいるのがよくわかる友人がいる。彼女はとても楽しそうで、エネルギーがあって、そして楽しむために努力しているのだろうなと感じる。

私もせめて好きなものは自分で好きだと認めてあげたい。好きでもいいよと思いたい。

だから少しだけ、榊原さんのまねをして私の好きなものを挙げてみる。ちょっと怖いけどほんの一部だけ、外に出してみる練習を。恥ずかしくなったら消そうかな。

奈良シカマル(岸本斉史『NARUTO』、集英社)
我愛羅(岸本斉史『NARUTO』、集英社)
リンハルト=フォン=ヘヴリング(ゲーム『ファイアーエムブレム風花雪月』)
綾部喜八郎(アニメ『忍たま乱太郎』)
フリーレン(アニメ『葬送のフリーレン』)

何となく傾向があるのが分かる。

書き出しながら、もしかするとすべてを見ていない、読んでいないこともためらう理由の一つかもしれないと思った。実際、好きだけど話自体はそこまで詳しくないから書けなかったキャラクターが多い。彼らが出ているすべての漫画を読んだわけではないし、すべてのアニメを見たわけではない。ゲームであれば最後までプレイできていなかったりもするし、見落としもあるかもしれない。ということは、その見ていない、読んでいないところでもしかしたら推しとは違うかもしれないと思う可能性を考えているのだろうか。

全部を知るなんてできないのに、変なところで完璧主義なんだ。

加えて、ここまで推しの話を書いてきて今更気づいたことだけど、好きなキャラクターではなく好きな作品の方が考えやすいかもしれない。

好きなキャラクターを考える時、どうしてもその作品自体が好きかどうかも自分にとっては重要なのだ。そうなると結構難しい。やっぱり全部読んだわけではないというのが推しのキャラクターを考える上で妨げになってくるのだ。

というわけで、今度は好きな作品について考えてみようかな。

2024/10/6「好きなものを好きだと認めたい」しずかなインターネットより
移行にあたって一部修正

エッセイ

秋が来た
秋が来た

雨が降ってやっと秋が来た。

先日の雨を境に夏の空気から秋の空気へガラッと入れ替わった感じ。
空気も風も穏やかで、鳥たちの声もなんだか気持ちよさそうだ。

四季の中で一番好きなのは秋だと思う。心地よい空気に次第に色づく木々。だんだんと寒くなっていくのも良い。

秋は、夕暮れ。夕日のさして、山の端いと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど、飛び急ぐさへ、あはれなり。まいて雁などの列ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず。

千年前を生きた人と同じことを感じられること、そして千年前に書かれた文章が伝わっていること、この上なく幸せなことだと思う。

2024/9/25「秋が来た」しずかなインターネットより

エッセイ

ロウネーンさんという猫
ロウネーンさんという猫

はなももさんという方のところにいたロウネーンさんという猫が昨日亡くなった。真っ白なオッドアイの猫。不思議な魅力のある猫で、X(当時はTwitter)ではなももさんのアカウントを知ってから、ずっとロウネーンさんを見るのを楽しみに過ごしてきた。表情豊かな猫で、ちょっと変わった猫でもあって、時々本当はヒトなのではないかと思うくらいだった。

今年の初めに病気で長くはないというのを知ってから半年と少し。真っ白で美しかった毛並みが少し乱れるようになってからも、Xで見るロウネーンさんはあくまでロウネーンさんらしかった。

その猫が亡くなった。帰宅途中に亡くなったことを知って、涙をこらえながら家に帰った。会ったことのない猫なのに、遠くに行ってしまったことが、もう会えないことが悲しくて、寂しくて、気づいたら泣いていた。

1日が経った今も寂しい。この気持ちをここに書き記しておく。

2024/7/5「ロウネーンさんという猫」しずかなインターネットより

日記,エッセイ

久しぶりのバーベキュー
久しぶりのバーベキュー

鍵はこのサイトの名前:

日記,エッセイ

本屋に行く幸せ
本屋に行く幸せ

本屋に行くのが好きだ。文字通り本に囲まれた空間。初めて行く本屋はまずは隅々まで見て回る。初めてでなくても大体回る。

大きな書店に行って、豊富な品揃えに圧倒されるのも良いし、小さな書店の選び抜かれた本を見るのも楽しい。

初めて足を踏み入れる本屋の楽しさといったら、何に例えられようか。あれもこれも読みたい。欲しくなる。お金も本の重さも何も気にせず買えるとしたら、きっと私はどんどん読みたい本をかごに入れていくだろうな。そして家に帰りその本の山から一冊を手にとって読み始めるのだ。

まだ読んでいない本が手元にあるというのは、不思議と安心感がある。読んでいない本が収まった本棚というのも良いものだと思う。

読みたい本をたくさん発見した。そんな素敵な日。

2024/6/7「本屋に行く幸せ」しずかなインターネットより

日記,エッセイ

iPadを使ってみる
iPadを使ってみる

iPadを買った。つい先日新しいiPadの発売が発表されていたけど、それより前にだ。Appleの製品はこれまで一度も使ったことがなかった。iPadが初めて使うApple製品だ。

どうして買ったのかというと、前から欲しかったのもあるけれど、必要に迫られて、という要素が一番大きい。家ではデスクトップを使っていて、外に持ち運べるものがどうしても必要になったのだ。購入するにあたって、ほんの少しだけノートPCと迷って結局iPadにした。ノートPCは軽さを謳っているものでも持ち運ぶには私には重くて、何より普段はデスクトップで十分で2台もPCは不要だ。購入したのは、本体とカバーとペンシルとフィルム。キーボードは必要になったら買うことにし、いったん見送った。

開封するにあたって気づいたこととして、まず箱が良い。デザインも手触りも。箱を開けるというただそれだけなのに、特別な体験のように感じさせる。何となく捨てられず箱はとっている。

使い始めてペンシルで書くことの面白さが分かった。iPadを紹介した動画は以前から何度も見ていたけれど、使ってみないと分からないものがある。紙に文字を書くのが苦手で、特にシャープペンシルは本当に必要なとき以外は使わないようにしているのだけど、iPadにペンシルで文字を書くのはボールペンと同じくらい、或いはそれ以上に自分に合っているかもしれない。気軽に書けて、気軽に消せるのが良い。書くのにあたって余計なことに気を張らなくて済む。

と同時に、紙に書く良さも実感した。GoodNoteに読書メモを取ってみたのだけど、すらすらと書ける一方で、後で見返すときの不便さも感じた。40ページぐらい書くと、それだけでも見返しにくい。有料版を使うとそのあたりの不便さも解消されるのかもしれないけれど、まだ様子見にしている。

読書メモとして使うなら、GoodNoteに手書きで書いていって、読み終わった後に、本とメモを使ってもう一度振り返りながら、今度は紙のノートに書いていくのが良いのかなと思う。iPadは一時的なメモで、紙は保存用。そうすると本当に必要なものだけを紙に書くことができるから、良さそう。二重に書くことになるというのは、目をつぶっていいと思う。

ここで気にしているのは書いたものを保存したいという気持ちと、メモはスラスラと簡単にとりたいという気持ち。本を読みながらメモを取るときに、この部分は本当に必要かどうかなんて考えていたら進まないし、余計なことを考えることにもなる。

これまでScrapbox或いはObsidianに読書メモを取っていたけれど、それと比較するとどうかというのも検討する必要がある。他のメモと紐づけられるという点では、ScrapboxやObsidianは紙のノートに書くよりも優れている。

悩ましいけど、悩むのが楽しい。

2024/5/11「iPadを使ってみる」しずかなインターネットより

日記,エッセイ

インクを買った
インクを買った

4月の上旬にガラスペンとインクのセットを買ってみた。

何度かガラスペンで文章を書いてみて、別のインクが欲しくなっていた。5月に旅行先で有名な文具屋さんに行くつもりだったから、そこまで我慢するつもりだったのだけど、立ち寄った文具屋さんにインクがたくさんあって、お店の方もとても親切で思わず購入した。

購入したのはPILOTの色彩雫から「深海」と「山栗」の2つ。「深海」は帰宅後自分でも早速使ってみた。私の好きなブルーブラックで、書き心地も色味も素敵。

色もいいのだけど、瓶とラベルのデザインも気に入った。瓶は手に取ってじっくり眺めたくなるような形で、ラベルはシンプルでおしゃれだ。2つの瓶をデスクに並べるとそれだけで絵になる。

もう1つ良かった点として、キャップを開けるだけで使えること。すでに持っていたインクの瓶は中蓋も開ける必要があって、開けるときにどうしても手が汚れるのと、勢い余ってインクが飛び散りそうで少し怖かった。PILOT色彩雫はキャップだけなので、書き始めるときのハードルがだいぶ下がった。

これは同じシリーズを集めたくなるなあ。5月に行くお店ではどんな文具があるのか、楽しみだ。

2024/4/29「インクを買った」しずかなインターネットより



日記,エッセイ

【読書記録】安達茉莉子『私の生活改善運動』
【読書記録】安達茉莉子『私の生活改善運動』

安達茉莉子さんの『私の生活改善運動』という本を読んだ。

本屋さんで見つけて手に取った本。パラパラとめくって考え方が似ているなと思った。手触りが良くて、装丁も素敵だ。もう1冊『毛布』という本とともに購入した。

書名:私の生活改善運動
著者:安達茉莉子
出版社:三輪舎
出版年:2022.9
ISBN:9784910954004

Yさんから影響を受けて「生活改善運動」を始めた著者の話。

「ひとは豊かに暮らさねばならぬ」
というのが「生活改善運動」の師匠であるYさんの信念だという。
この言葉に共感した。

他にも、この本に出てくるいろんな人の言葉に都度うなずきながら読んでいった。

「見ていて嬉しい気持ちにならないものを、何で見えるところに置いているの?くつろげる場所って、自分がいちばん、暮らしていて大事な場所なんやないかなって」
「やけどな。人生は短い。しょうもないもん使ってる場合やあらへん」
本を入れてからが、本棚だからねえ。
ひとは豊かに生活していいし、幸せを求めてもいい。

普段ものを選ぶときは「これでいい」ではなくて「これがいい」「これでなくてはならない」と感じるものを選ぶようにしている。

だから、一つのものを買うのにもかなり時間や期間がかかることもしばしばある。でもそれでいいのだ。自分の生活のために買うもの、自分が生きるために買うもの、暮らしの中でいつも使うもの、目にするものだから、気に入ったものを買った方がずっと幸せなのだ。何となくわかっていたことだけど、それを肯定してくれたこの本に感謝している。

2024/4/17「【読書記録】安達茉莉子『私の生活改善運動』」しずかなインターネットより

エッセイ

フリースペース:
expand_less rss_feedRSS